スマートフォン全盛の時代ではありますが、ほとんどの人は、この「スマート」は何を意味しているかについて、あまり考えていないはずです。
恐らく高機能のデバイスとして宣伝されているので、スマートに違いないとすんなり納得しただけでしょう。
しかし、よく考えると、今の電話でできることはその前の電話でほとんどてきていました。
違いは、処理速度や画面の解像度とタッチスクリーンを中心とするユーザインターフェイスだけでしょう。後者は確かにいくらか「スマートなことをしないといけませんが、他の機能は、以前より賢くなったととても言い難いです。
その代償はより短いバッテリ使用時間や高価な通信費用と深刻な携帯依存症です。
その上に、その製造や維持にはより多くの自然資源を使うようになっています。
かなり話題を広げますが、実は人間は他のすべての動物よりスマート(=賢い)だと思っています。
これは実に大きな勘違いです。
例えるならば、人間は自然界のスマートフォンのような存在です。それはどうも脳が相対的に馬鹿でかいからだそうです。
賢そうに見えるが、やっていることは他の動物と何も変わること一つもありません。良いことと悪いことを含めます。
しかし、その癖にスマートのように、馬鹿みたいに自然資源を消費・浪費します。その差はもはやスマートフォンとフューチャーフォンとの比ではなくなっています。
今の世界人口はまだごく少数の人は日本人のような生活をしています。明日の食事の事で精一杯の人は沢山います。
同時に、工業化の手はどんどん広げられて、見かけでは生活の水準がどんどん向上する地域も増加する一方です。
それは、すでに枯渇気味の資源の消費が更に加速することを意味します。
スマートフォンなら、頑張ってより頻繁に充電すれば使えますが、自然資源の充電は万という単位の年数が必要です。つまり、不可能です。
人間はそこまで考えられるほど賢いでしょうか???
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