Human Beings are the Cancer to the Earth 人間は地球にとってガンである

 ガンCancer) は悪性腫瘍(あくせいしゅよう、英: malignant tumor)の俗称で、遺伝子変異によって自律的で制御されない増殖を行うようになった細胞集団(腫瘍、良性腫瘍と悪性腫瘍)のなかで周囲の組織に浸潤し、また転移を起こす腫瘍である。悪性腫瘍のほとんどは無治療のままだと全身に転移して患者を死に至らしめる(wikipedia)。

 人間はほかの種類の動物より賢い(知能的)と思っているようです。しかし、自分自身が地球という自然環境にとっては、ガンの存在であることを、考えたことはあるでしょうか。

 ダルウィンから提唱してきた進化論は、上記の「遺伝子変異」に当たります。

 もともと他の動物と同じで、毎日の食料のために猟に出て、動物を狩ったり、果物や野菜を集めたり、生活に必要な材料を拾って来たりして、細々と一生を送っていました。

 ところで、徐々に自然に繁殖されていたものを自分で栽培・飼養できるように「賢く」なりました。そこから、「自律的で制御されない増殖を行うようになった」わけです。

 もともと集団生活の動物ではありますが、農作のような活動を一旦始めると、ますます集団性と組織性が求められます。それが「細胞集団」の始まりです。

 それでも、使っている道具は原始的であるため、行動範囲が狭く、自然という「周囲の組織」への影響は僅かでした。

 時間の経つにしたがって、いつしか「産業革命」(さんぎょうかくめい、英: Industrial Revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった工場制機械工業の導入による産業の変革と、それに伴う社会構造の変革のことである)が起こりましした。

 手作りの道具から、水蒸気やジーゼル、電気などで駆動するような機械が次から次へと発明されます。それによって、人々の生産力が飛躍的に向上してきました。

 それに伴って、消費の方も比例して激増します。それは、生産用の原材料(エネルギー源を含む)はともかく、食料や飲料水などすら、足りなくなってきました。

 もっと注目すべきなのは、自然環境はどんどん侵蝕・汚染・破壊されてきたことです。何万何百万年かけて形成されてきたものを人間によって、僅か2千年足りず(正確に言うと数百年もない)の時間でいとも簡単にぶち壊してしまいました。

 それでも、あたかも何もなかったかのように、さらにその活動を加速させようとしています。まさに「制御されない増殖」です。それは、また人間にあるガンと違い、治療や軽減する薬・方法は全くありません。

 もう、領土問題や国家の権益などを議論するところではなくなっていることすら、分かっていません。どこまで、賢くない動物でしょうか。

 別の意味でも、人間はガンに似ています。

 それは、癌細胞はごく一つか数個からできるところにあります。

 人間は動物である以上、弱肉強食の本能は変わりません。生き残るために、手段を問いません。それでも、すべては命かけてすぐ周囲の人を餌にして自分の権益を拡大したいわけではありません。

 今の状況はごく少数の人によって、加速させてきたものです。世界の富はごく少数の人に握られているのはその表れです。

 もちろん、その根底には動物にある貪欲です。それに釣られて、今の状況への発展に助長してきました。

 一例をあげると、中国や東南アジアの国では賄賂はよく知られて、批判されています。国民も同様にいつも憤慨しています。しかし、賄賂というのは、受ける側は悪いに違いないが、贈る方も悪いです。そもそも贈らなければ、賄賂なんかあるはずもありません。

 人々は、他人より優位な立場に立ちたいがため、正常な手段では得られないものを入手しようとします。そのために、賄賂に走ります。つまり、貪欲はすべての元になります。

 同じように、常に「便利」、他人よりの「優位」を追求しなければ、次から次へと発売されてきた商品に手を出そうともしないはずです。それで、自然資源の消耗もその分少なるはずです。手元にあるものを一生使うつもりで大事にすれば、一年二年で買い替えることは滅多に発生しないでしょう。

 何とか主義や、何とか宗教を語っている人たちは、果たしで、どこまでこのような議論をしているでしょうか。答えは簡単で、全くしていないです。なぜかというと、ほぼすべて物的欲が背景にあるからです。

 ここでは、何か究極的な特効薬を求めているわけではありません。「世界平和」などを求めたければ、そのために誠心誠意に行動しなければいけないことを言いたいです。今の政治は、それに欠けすぎているだけです。